谷川 徹三

[史料を訪ねて]一覧

谷川徹三を勉強する会が発行した冊子

谷川 徹三-常滑市立図書館/谷川徹三を勉強する会

公開日
2017/03/30
取材日
2014/10/11

旧蔵書を閲覧できる谷川文庫と、アマチュアによる高い水準の研究会

2014年10月11日(土)、愛知県常滑(とこなめ)市の『常滑市立図書館(以下、「市立図書館」)』と『谷川徹三を勉強する会(以下、「勉強する会」)』を訪ねた。谷川は常滑市出身(当時は知多郡常滑町)で、名誉市民でもある。第一高等学校から京都帝国大学の哲学科に進み、西田幾多郎に師事した。卒業後は法政大学の哲学科教授として教鞭を執り、後に法政大学の総長を務めるなど、38年間にわたって同大学に在職。詩人や絵本作家として知られる谷川俊太郎氏は、谷川の長男である。

谷川の史料を調べるために常滑へ行こうと思ったきっかけは、『勉強する会』が自費制作で発行している冊子を送ってくださったこと。その時は、田辺元から谷川に宛てた書簡などをまとめた内容だった。翻刻の質が非常に高く、会員による随筆なども盛り込まれている。こうした冊子が定期的に、しかもすべて会員の私費で作られているとのこと。会の方に連絡を取ってみると、「常滑には、私たちの会ともう1つ、谷川の史料を持っている機関があります」と言う情報が。それが『市立図書館』内に設けられた『谷川徹三文庫』である。非常に興味が湧いたため「それぞれの史料を見せていただきたい」とお願いし、『勉強する会』の月例会に合わせて常滑を訪問することになった。

名古屋鉄道の常滑駅に迎えに来てくださったのは、『勉強する会』の出版物作成を一手に引き受けていらっしゃる杉江孝夫さんと、同会が集めた谷川関連の史料・資料を保管するために私費で市内にマンションを借りたという森下肇さん。さらに、同会の代表であり、法政大学で谷川の薫陶を受けた杉江重剛さん(谷川の遠縁にあたる方とのこと)と合流し、『市立図書館』へ向かった。

左から順に、杉江孝夫さん、森下さん、杉江重剛さん。いずれも勉強する会の中心的メンバー

常滑市立図書館

図書館では、担当の古橋峰子さん、館長の田中邦夫さん、『TRC-ADEAC株式会社』社長の田山健二さんにお会いした。写真の手前に座っていらっしゃるのが杉江重剛さん。後列は左から田中さん、杉江孝夫さん、古橋さん、森下さん、田山さん。

前列:杉江重剛さん。後列:左から館長の田中さん、杉江孝夫さん、古橋さん、森下さん、田山さん。

『市立図書館』は運営を『TRC図書館流通センター』に委託しており、田中館長も同センターから派遣されている方。『TRC-ADEAC』はTRCのグループ会社で、デジタルデータの作成やデジタルアーカイブシステムの運用などを担っている。田山さんはこの日、わざわざ東京から来てくださった。私が「SMART-GS(一次史料をデジタル画像化するシステム)」に携わっていることを知って、興味を持ってくださったそうだ。古地図の画像などを見せていただいたが、古地震の地図への応用にも活用できそうで興味深い。

さて、『谷川徹三文庫』を案内していただく。

常滑市立図書館の谷川文庫

谷川徹三の頭像

文庫は図書館の2階にあり、誰でも自由に閲覧できる。谷川の蔵書のうち、洋書は法政大学に、そして和書はこの『市立図書館』に寄贈された。それらを収蔵するために、図書館の一室が文庫として使われている。文庫内には谷川の略歴や写真が掲げられ、頭像が飾られていた。蔵書数は、書籍が約12,200冊、雑誌が約2,200冊。そして蔵書のほかに、自筆の文書やコピーなどがあることも判明。私の訪問に合わせて、古橋さんたちが探してくださったとのこと。その中には、日本経済新聞で人気のある自伝的な連載記事「わたしの履歴書」のための自筆原稿もあって驚いた。田中館長に「貴重な文化遺産として、こういう史料をぜひ大切に保管してください」とお願いする。この文庫にはほかにも貴重な史料がありそうなので、また改めて訪問する機会を設けたい。

谷川の手書き原稿「私の履歴書」

谷川徹三資料室

続いて、森下さんが借りて『谷川徹三資料室』としているマンションへ。谷川の単行本が年代順に揃えてある。初出雑誌や解説書、大型本など、かなり多くの本をこれも私費で購入されたようだ。

マンションの一室に谷川関連資料が並ぶ

おもしろいのは、6つの段ボール箱に入った史料群。これは『勉強する会』が岩波書店から借り受けている。もともとは岩波書店が持っていたもので、同会が借りるにあたって、谷川氏が岩波書店にかけあってくれたそうだ。中には原稿、雑誌や新聞の切り抜き、メモ、旅行記、谷川宛の書簡などが、ほぼ未整理の状態で入っていた。書簡などは270名余からの2,000通以上が残されているそうで、これらの史料を翻刻し、私に送ってくれたような冊子を作成している。

岩波書店が持っていた谷川の貴重な史料

段ボールで保管されている大量の史料

『谷川徹三資料室』があるマンションを出た後、森下さんのご自宅にお招きいただく。常滑は焼物の町で、森下さんのお宅は以前窯元だったらしい。江戸時代あたりに建てられた旧家で、裏山に登り窯が残されていた。この日は90歳を超える御母堂や奥様がご在宅で、一家をあげての歓待を受けて恐縮する。

谷川徹三を勉強する会

最後に『常滑市文化会館』で定期的に開かれている、『勉強する会』の月例会へ。この会で、岩波書店から借りた史料を翻刻している。

多くのメンバーが学ぶ勉強会

たとえばこのマル秘と書いてある史料。谷川による提言書で「大東亜戦争に勝ち抜くには、どのような思想が必要か」という内容。これを田辺元に送って「どう思うか」と意見を求める手紙が残されており、ちょうど訪問した際の月例会で、その田辺宛の手紙を読み解いていた。こうした手紙の存在や、また北軽井沢の田辺の別荘を谷川が設計したと言う話から、田辺と谷川は近しい関係だったことが伺える。ちなみに谷川の戦争協力についてはまだはっきりと解明されていないが、海軍の嘱託だったという話もある。谷川はラジオ放送にも携わっており、同会がまとめた資料によると、どうもそれは国策の一環だったらしい。

マル秘と書いてある史料

月例会では、ある史料を参加者の一人が読み上げ、分かる人が読み違えを指摘しながら直していくという、標準的な翻刻をおこなっていた。ただしそれだけに止まらないのが、この会の賞賛すべきところ。中に書いてある意味についてまで踏み込んで研究しているのだ。そこまで熱心にひも解いて明らかにするため、『勉強する会』が作成する資料は修士論文並みに充実している。会への参加者は、谷川への興味や学問への向上心を持つ地元の人がほとんどだが、若い学者や研究者が参加することもあるそうだ。『勉強する会』の史料を使って博士論文を書いた留学生もいたという。それだけ、専門家が見てもおもしろい史料としてまとまっているということにほかならない。

谷川への興味や学問への向上心を持つ地元の方や、時には若い学者や研究者も参加する。

いまでも年に何冊か、『勉強する会』から新しい冊子が届く。非常に素晴らしい内容で、しかも自費での発行を継続していることは驚きに値する。ところが『勉強する会』の史料は、webで検索してもヒットするのが『名古屋大学』の図書館くらい。おもしろい史料がたくさんあるだけに、非常にもったいなく感じる。

自費出版されている勉強する会の冊子

月例会では、京都学派アーカイブの説明および、杉江さんのご依頼で田辺についても簡単に述べさせていただいた。この時は20人以上の参加者がいて、純粋な知識欲や向上心といったものが人々を突き動かしているように感じた。森下さんのお母様もご高齢だったが、定期的に古文書の勉強会に参加されているとのこと。このあたりの土地ならではの気質があるのだろう。

こうした方々の真摯な姿勢や熱意によって、読み解かれたり研究が進んだりする史料が数多くあるので、たとえば京都学派アーカイブを通して、同会がまとめた冊子について広報のお手伝いができればと思っている。

本取材にご協力いただいた方

編集部一同、ご協力に心より感謝申し上げます。
常滑市立図書館

  • 杉江 重剛 様

    杉江 重剛 様
    勉強する会 代表

  • 森下 肇 様

    森下 肇 様
    勉強する会 メンバー

  • 杉江 孝夫 様

    杉江 孝夫 様
    勉強する会 メンバー

  • 田中 邦夫 様

    田中邦夫 様
    常滑市立図書館 館長

  • 古橋 峰子 様

    古橋峰子 様
    常滑市立図書館 スタッフ

  • 田山 健二 様

    田山 健二 様
    TRC-ADEAC株式会社 社長


本探訪レポートは、訪問者 林 晋の口述を元にして、林監修のもとでライター高橋順子が原稿を作成しました。

谷川 徹三の
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